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声明・見解・報告

職場における化学物質管理のあり方に関するラウンドテーブルディスカッション開催報告

職場における化学物質管理のあり方に関するラウンドテーブルディスカッション開催報告

  日本産業衛生学会では、業務執行理事会の役割として、定期的に産業保健分野のさまざまな機関との意見交換の場(ステークホルダーミーティング)を設けている。今般、その一環として、職場における化学物質管理のあり方に関するラウンドテーブルディスカッションを開催したので、その概要について報告する。

開催の背景
「職場における化学物質管理等のあり方に関する検討会(以下、検討会)報告書」の公表を受け、化学物質規制体系が見直され、自律的な管理を基軸とする規制への移行が進められることとなった。そのためには、化学物質の自律的な管理のための実施体制の確立が不可欠であり、とりわけ、企業内・事業場内の化学物質管理体制の整備と化学物質管理の専門人材の確保・育成が求められる。
そこで、職場の化学物質管理に関して、学術研究、許容濃度の勧告、現場調査や管理の実践、専門人材の育成などを、多様な専門家によって育成を担ってきた日本産業衛生学会が呼びかけ、職場における化学物質管理のあり方に関するラウンドテーブルディスカッションを2回にわたって開催したので、その概要をここに報告する。

開催日とテーマ
第1回 2021年12月24日(金)
「職場における化学物質管理に資する専門人材の総合的な確保・育成を目指して」
第2回 2022年3月16日(水)
「自律的化学物質管理における事業場側の体制と人材:総合化学メーカーを事例として」

参集者(敬称略、五十音順)
[討議参加者]飛鳥滋(日本作業環境測定協会副会長)、大前和幸、尾崎智(日本化学工業協会常務理事)、神村裕子(日本医師会常任理事)、木口昌子(厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課長)、土肥誠太郎、橋本晴男、松井玄考(日本労働安全衛生コンサルタント会常任理事)、森晃爾 (第2回のみ)小山一郎、塩田直樹、真鍋憲幸
[ファシリテーター]武林亨、斉藤政彦
[オブザーバー]五十嵐千代、小田原努、上島通浩、木下隆二、河合直樹、野見山哲生、樋口政純、松浦功二朗、山口修、米澤宣行
(第1回のみ)帆苅なおみ、中原浩彦
(第2回のみ)森口次郎、宮本俊明、住徳松子、山野優子、加藤元、斉藤宏之

報告と議論の概要

第1回ラウンドテーブルディスカッション
 厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課の木口昌子さんは、今回の見直しは、リスク評価に基づく管理への転換であり、法令の適用のみに目を向けるのではなく、化学物質全体に広く網をかけ、自らが取り扱う化学物質の危険有害性に向き合い、その使い方に応じた対策を取ることで、対策の最適化を図ることを目的としているとした。そして、自律的な管理を基軸とする化学物質規制の仕組みについて、事業者への措置義務(ラベル表示・SDS交付による危険性・有害性情報の伝達、SDSの情報等に基づくリスクアセスメントの実施、ばく露濃度を「ばく露限界値」以下とすること、ばく露濃度をなるべく低くする措置を講じること、皮膚への障害や皮膚吸収の恐れが無いことが明らかな物質以外のすべての物質について保護眼鏡、保護手袋、保護衣等を使用すること)を大幅に拡大する一方で、国が定めた管理基準を達成する手段は、有害性情報に基づくリスクアセスメントにより事業者が自ら選択可能となると説明した。また、新たな仕組みの中でも労働衛生三管理が基本であるという考え方には変わりはないが、たとえば非常に使用量の少ない化学物質については局所排気設備の排風量を下げられるといったように、化学物質の使われ方に応じた対策を取ることができるようになるとし、このような適切な措置を取るためには、現場の実態に応じた対策をとることができるような相応の知識、経験が無いと難しいと述べた。
 報告書では、外部専門家の活用について、化学物質管理が適切に行われていない事業場への改善指導(①化学物質による労働災害を発生させ、労働基準監督署が必要と認めた事業場、②作業環境測定結果の評価結果が第3管理区分となり、それ以上の改善ができない事業場)および化学物質管理に必要な知識経験のある人材がいない事業場に対する助言指導(①中小規模事業場、②化学工業以外の業種の事業場)とされており、現行制度における外部資源(労働安全衛生コンサルタント、作業環境測定士など)をどのように活用するか、ならびに事業場内の労働衛生管理スタッフ(衛生管理者、産業医、作業主任者/職長)との役割分担、連携も考慮することが必要と考えられるとした。
 外部専門家の理想像は、「単にガイドラインへの適合をチェックするような監査者的な役割ではなく、事業場の改善意欲に寄り添いつつ、経済性も考慮して実現可能な助言を行うことが求められる。加えて、外部専門家に提案された措置が経営改善にも資するなど、経営者が外部専門家に対してコンサルタント経費を支払うメリットを感じ、経営者と外部専門家との継続的な関係により安全衛生対策がスパイラルアップすることが理想」であるとし、今後の課題として、以下を挙げた。
1. 外部専門家の継続的な確保育成の観点も見据えて、外部専門家のステイタスを上げ、その知識経験が正当な対価をもって評価されるよう、外部専門家が自立して活躍できる環境を整える上で、以下の場の確保が必要。
① 外部専門家の活躍の場
・外部専門家の利用が国の支援頼みになると市場拡大の妨げとなるので、国は収益が見込まれにくい分野への支援に特化するなど、国と外部専門家との役割分担の整理が必要
② 外部専門家を支える団体の活躍の場
・ 外部専門家の育成及び能力向上(特に実践的な知識と経験の付与)を通じて、優秀な人材の囲い込みやレベルの底上げを促進する団体の主体的な活動を促進する上で、国と団体との役割分担の整理が必要
2. 化学物質管理分野の担い手の裾野を広げる観点から、将来の外部専門家としての活躍を視野に入れた人材育成を学校教育の中で行う方策について整理する必要。
 最後に、ラウンドテーブルに期待することとして、「外部専門家の育成と活躍に関して、産、学、関係団体がそれぞれの役割の中で主体的に取り組むべき継続的な活動を話し合う中で、役割分担が整理され、真に国のやるべき支援が整理されること。」を挙げた。
 次いで、職場における化学物質等の管理のあり方に関する検討会の構成員であった大前和幸さんが、平成17年の労働安全衛生法28条の2にリスクアセスメントの考え方が導入されたことを契機として進められてきた自律的管理への流れを振り返り、専門人材育成を巡る議論の要点について意見を述べた。議論となる専門性として、①曝露管理値の設定、②曝露評価(吸入濃度)、③意志決定、④健康リスクの大きさの判断、⑤曝露低減手法の決定と選択、⑥代替手段の検討、⑦行動、⑧監督(インスペクション)を挙げ、①、⑧は国、②~⑦は事業場が主に担うとし、これらを担う人材リソースとして、労働衛生コンサルタント、インダストリアルハイジニスト、作業環境測定士、第1種衛生管理者、産業医(化学物質管理に関する一定の専門性を有する)等の既存の人材や、新設される化学物質管理者や保護具管理者といった新設の人材を位置づけ、とくに、③の意志決定については、事業継続の観点も含めて④~⑦を総合的の判断するものであり、経営者と共に化学物質管理者が重要な役割を果たすことが想定されること、⑤、⑥については、生産工学技術者や衛生工学管理者も適任であると述べた。最後に、従来の法令準拠型化学物質管理では、有害性に関する情報量が多く影響が大きいものが主な法令での規制対象物質であって、法令に記載のない化学物質に対する事業者判断は原則不要であって、最終責任は国が負っていたのに対し、自律管理型化学物質管理では、基本的にすべての化学物質に対する管理(義務・努力義務)が求められ、常時リスク判断が必要であって、有害性の知見が既知の場合の最終責任は、事業者が負うこととなるので、自分で考え・判断し・自分の責任で決定し・行動する人材が求められていることから、外部専門家のみならず、企業内部の専門家も含めて議論することの必要性を示した。
 ここまでの報告を受けて、ラウンドテーブル参加者からの発表が行われた。
 日本化学工業協会(以下、日化協)の尾崎智さんは、製造現場の立場から、化学物質管理の実態と課題について述べた。化学物質管理は、大企業を想定した場合、課長クラスの人材が化学品管理責任者を担い、その指示のもとで、係長クラスの人材が保護具着用管理責任者として、現場の職長やオペレーターに指示を出す流れが一般的であり、これによって化学物質管理のPDCAを回していくことが想定されるとした上で、予想される課題として、化学物質の有害性を知る機会が限られていること、とくに機能化学品を取り扱う日常の業務では変更点管理が非常に多いこと、中小規模の企業では人材が不足しており責任者一人で運営しているケースが多いことを挙げた。その上で、日化協、化成品工業協会(化成協)、日本接着剤工業会(日接工)の会員各社を対象に実施した自律的管理を担う人材の育成に関するアンケートの結果を紹介し、「あなたが化学物質管理者を務めるにあたり、これまでの化学物質教育で十分だと思いますか?」との問いに対しては、本社側の管理関連部署の担当者からも、現場を担う製造部門の課長級からも、これまでの知識や教育の仕組みでは不十分とする回答が多数であったと述べた。また、「あなたが化学物質管理者の職務遂行をする場合、どのような不安・心配がありますか?」との問いに対しては、対策案の妥当性、コスト、作業者の管理ルール不遵守といった観点で、共通の懸念点が挙げられているほか、担うべき業務の幅が広く量も多いため、負荷の過多や人手の不足への懸念も挙げられていたと報告した。
 日本作業環境測定協会の飛鳥滋さんは、同協会が平成20年から養成しているオキュペイショナルハイジニスト(OH)について報告した。OHは、国際的に、労働環境における健康に関する危害を予測し、認識し、評価しそして制御する専門性を有し、働く人々の健康と安全を守る役割を担っていると述べた。その上で、リスクに基づく自律的管理へ移行するためには、現場で生じている労働衛生問題に対して、法令で規定した枠を超えた総合的な視野でのアプローチが求められることから、広い知識・見識をもって問題のポイントと対応方法を分析し統合的に整理できる司令塔たる専門家が必要になるとし、その観点からも、化学的、物理的、生物学的及び人間工学的リスクに通じ、また毒物学、医学など関連分野についても必要な範囲で知識を持ち、他の個別分野の専門家や技術者も活用して、問題を総合的に分析・評価し、状況を管理できる専門家であるOHが、その役割を担う代名詞とも位置づけられていると述べ、国際的な認証基準に準拠した同協会のOH認定制度について紹介した。その上で、自律的管理を促進するためには、大・中規模企業でOHの企業内養成・設置が促進されるような行政施策を行ったり、中小企業が外部資源としてのOHを活用しやすくする施策を導入したりすることが望ましいとした。また、作業環境測定機関やコンサルタント事務所等がOHを取得することも、労働衛生サービスの質の向上につながる意義があると述べ、協会側でも、OHの数の増加を図る工夫に加え、質の向上や国際化を進める努力を行っていると述べた。
 日本医師会の神村裕子さんは、産業医の活動の実態について、実質的な総数はおよそ64000人、そのうち嘱託産業医が70%を越えていて、臨床業務の傍らで、各事業場に応じた内容で産業医活動を行っていることが殆どであり、必ずしも化学物質管理に精通しているわけではないと述べた。こうした状況で、産業医のスキルアップや現場の産業医が直面する課題解決のための支援を全国的に行っていくことを目指し、令和2年度に、日本医師会と日本産業衛生学会が中心となって全国医師会産業医部会連絡協議会が設置されたことを紹介した。その上で、産業医の行うべき業務の観点から、化学物質管理に関する産業医研修の充実と、産業医からの相談に対応できるようにすることが必要であり、同協議会をはじめとする専門家団体との連携を進めるとの考えを示すとともに、何より、臨床医は、産業保健の現場のみならず、臨床現場においても、患者の職業と職業性疾病に関心を持つようになることが重要であると述べた。
 日本労働安全衛生コンサルタント会の松井玄考さんは、これまでの労働安全衛生コンサルタントの歴史を振り返り、全国で広く専門人材を配置する難しさを指摘、現場の化学物質管理の経験を有する人材が現場で活躍しやすい環境を整備することが重要であり、地方労働局に化学物質管理センターを置いてネットワーク化を図るなどの工夫も一案であると述べた。
 日本産業衛生学会産業衛生技術部会の橋本晴男さんは、新たな化学物質管理の枠組みに対する同部会としての検討について紹介し、化学物質管理に関わる専門職・技術職の教育・育成とくに資格取得後の継続教育、および各専門職・技術職が集まる情報交換の場の提供を担っていきたいと述べた。また、教育・研修機会の提供として、これまで開催してきた研修会等の活用とともに、自律的化学物質管理に関する良好事例や情報の収集・公開なども行っていきたいとし、そのためにも、日本作業環境測定協会、日本化学工業会等の関連する諸機関との連携を進めているところであると述べた。
 日本産業衛生学会産業医部会の土肥誠太郎さんは、これまでの化学物質管理の経験から、リスク未知の現場で、リスクアセスメントに基づいて曝露低減を図っていくことの難しさを指摘し、衛生管理者がOHに近い機能を持てるような上乗せ教育を受けて化学物質管理者として活動することの必要性を指摘し、またその観点から、化学物質衛生管理者と呼称する方がより適切であると述べた。その場合、化学物質衛生管理者を企業内で養成して配置することが困難なケースも予想されることから、企業外労働衛生機関や作業環境測定機関が、化学物質衛生管理者の業務の全部または一部を受託できるようにして、外部専門家チームが、社内の機能を担っていくことも必要になると指摘した。50人未満の事業場に対しては、専門家による相談・助言・指導を産業保健総合支援センターや地域産業保健センターが行える仕組みとしていくことが必要であるとした。また、企業が雇用する専門人材を有効に活用する観点からは、企業(グループ)が一体で取り組めることも重要であり、労働安全衛生マネジメントシステムを的確に運営することによって、複数の事業場を一体で管理できるようにすること、あるいは、資本関係が一定以上の親会社と子会社関係においても、親会社が専門家を雇用し、子会社が労働安全衛生マネジメントシステムを的確に運営することによって、企業グループ一体で管理できるようにすることが望ましいとした。専門家の養成については、具体的な事例を用いた実地研修やグッドプラクティスの共有など、多層的な教育研修体制が必要であると述べた。

その後、ファシリテーターである日本産業衛生学会 政策法制度委員会の斉藤政彦さんが、現場に根ざすことの重要性と、5年間の移行期間で自律的管理を実現するために、オールジャパンの体制をどのように構築し、役割分担を実現していくのかを考えていく必要があるとの問題提起があり、参加者による討議が行われた。主な意見を挙げる。
・化学物質管理者は、短時間の研修のみで役割を果たすことは困難であり、何を、どこまで担い、どのような専門性を持つのかといった観点で、化学物質(衛生)管理者の姿について共通認識を共有した上で、これを支援する外部専門家のことを考えて行く必要がある。
・産業医の観点では、全員が化学物質管理に精通しているわけではないので、レベルアップを図るとともに、一律ではなくさまざまなレベルが許容される枠組みが必要である
・企業側で、最も重要な役割であるリスク管理に責任を持つのが化学物質管理者であることから、権限を有する部長クラスを想定し、国家資格として身分を与えることを考えるべきである。
・大企業では、化学物質管理者について、これまで指摘されているとおり、一定の権限を有するべきであるが、中小企業については、リソースが少ないことを前提に、別途考える必要がある。
・中小企業では、外部のサポートを受ける仕組みとセットで考える必要がある。
・ 生産・製造現場の課長クラスは化学物質管理以外にも果たすべき役割が多く、化学物質管理者としては適切とはいえないとの企業側の観点については、だからこそ、生産、製造が主たる職務である課長、係長ではなく、広いマネジメントを担うより上位の職位が適切ではないかと意見があり、課長レベルのスタッフではなく、工場長レベルの権限があって指示が出せるようなポジションでリスク管理の指示・命令をすることが望ましい。このことについては、OHの育成の観点でも、工場長、工場次長、技術担当役員レベルの人材にOHとしての専門性を付与して活躍することも想定していて、そうなれば、自律的管理も機能すると期待できる。
・OHは、独立した役割として、権限を持って企業内で活躍できる仕組みを作っていくといった考え方も必要である。
・ハイジニストとしては、生産技術、安全担当のプロセスエンジニアとしての専門性を有する者と同列に考えると理解しやすい。大きな会社内の職位でいうと,課長または部長付のような位置づけとなる。
・化学物質管理者は専門性の高さが前提条件であり、専門性をもつ人材を育てることができれば、職位については会社ごとの考え方に応じて適切に処遇していくことで、仕組みを作っていける。

 第1回では、化学物質管理の専門人材を中心とした議論を行ったことから、第2回では、化学物質管理者を含む企業内の自律的化学物質管理の仕組みと人材に焦点をあて、その上で、企業における化学物質管理体制の整備と化学物質管理の専門人材の確保・育成について、総合的に議論することとなった。

第2回ラウンドテーブルディスカッション
 厚生労働省労働基準局安全衛生部化学物質対策課の木口昌子さんより、労働政策審議会安全衛生分科会での審議の状況等を踏まえた、関連する法令改正の進捗状況について説明があった。
 次いで、「自律的化学物質管理における事業場側の体制と人材:総合化学メーカーを事例として」と題し、化学メーカー4社の統括産業医より、化学物質管理者の職務と権限、能力といった点に焦点を当てた報告が行われた。
 宇部興産の塩田直樹さんは、同社では、化審法や安衛法を含む環境安全関係法令に係る化学物質の使用状況を管理する一元的な自律的管理の仕組みがあり、リスクアセスメントの定量的手法を用いつつ、化学物質等の3 管理(作業管理・作業環境管理・健康管理)を社内規則として整理し運用していると述べ、その仕組みによる未規制化学物質への対応事例を紹介した。事業場内の化学物質管理体制の整備に関する今後の課題として、衛生管理者や衛生工学衛生管理者の育成強化による化学物質管理の専門人材(化学物質管理者、保護具着用管理責任者)の確保・育成、衛生委員会等での調査審議等、労使によるモニタリングの実施を挙げ、更新制度を有する産業衛生専門医制度に倣って、衛生管理者、化学物質管理者、保護具着用管理責任者、職長(作業主任者)等にも更新制度が必要であると述べた。また、化学物質の自律的管理の専門人材への業務評価が、安全管理と同様に行われるよう、社内における専門人材の位置づけを明確にすることも必要であるとした。
 旭化成の小山一郎さんは、同社では、CSR活動の一環であるレスポンシブルケア(RC)活動の中で化学物質管理が展開されているとし、健康障害防止のための化学物質管理体制は、統括管理、実施管理、ならびに実施および審議(労働者参画)から構成されており、統括管理者である工場長は、リスクアセスメントの実施等の化学物質管理を実施管理担当の課長に指示し、また専門人材である化学物質管理責任者や化学物質管理者を選任する役割を持っていること、化学物質管理責任者は、化学物質等の有害性等の情報収集、審査および活用、化学物質等の有害性等の特定、リスクアセスメントを統括する役割であり、必要な資格や経験についての明確な定めはないものの、「化学物質管理に関する能力(知識・スキル)を有するもの」として、環境安全課長が担当することが多いことを紹介した。なお、SDSの作成・交付については、品質保証に関わる製品安全の担当部門で行っているとした。体制に関する今後の課題としては、リスクアセスメント等の化学物質管理の実務だけでなくそれらを統括する機能も必要であることを挙げた。人材の課題としては、高度な知識とスキルをもつ専門家である化学物質管理者を企業内で育成、確保することには限界があり、公的な養成コースの設置や公的資格化など社会的な取り組みが必要であるとともに、労働衛生コンサルタントのような外部資源に委託できる仕組みが必要であるとした。また、従来から想定されている化学物質管理者の業務に加えて、化学物質管理者が作業者の意見を聞く機会を設けたり、必要に応じて産業医等への情報提供と連携を行ったりするなど、作業者の健康影響を把握し必要に応じて関係者が連携する機能が必要であると述べた。
 三菱ケミカルの真鍋憲幸さんは、法令の改正によって、現在各社が取り組んでいる運営や工夫の後押しになるとともに、中小企業への支援にもなるような体制や人材の仕組みが必要との観点から、ラベル・SDS を作成・交付する機能や組織は、化学物質管理を担う部署とは分けて考えた上で、化学物質管理者については、ばく露リスクアセスメントの結果に基づいて、化学物質に関連する健康影響の防止施策(個人ばく露濃度測定の実施、曝露低減措置の選択、健康診断の実施、等)の企画・実施に責任を負うことを明確にし、化学物質健康影響調査責任者と位置づけることを提案した。この機能・役割は、衛生管理者に対して一定の指示・命令権を有するとともに、事業主への意見を発信できるとの位置づけであり、自律管理精度の担保や企業側の実務負荷軽減の観点から外部機関への委託を可とすべきであり、また、実務的には、衛生工学のみならず保健衛生の労働衛生コンサルタントが担える点も多いと述べた。
 三井化学の土肥誠太郎さんは、化学物質管理は、品質保証部が所掌しているSDS発行を除けば、労働衛生管理そのものであり、同社では、労働衛生規則において、工場長をその責任者と位置づけ、局所排気装置の設置、作業環境測定、健康診断、作業記録等、職場有害要因に関る労働衛生基準を法令等に基づいて定めた上で、各工場の健康管理室長である産業医がその指揮下で化学物質管理を含む労働衛生管理を担っていること、健康管理室には工場あたり2名の専属の衛生管理者が在籍し、第1種衛生管理者、第2種作業環境測定士、衛生工学衛生管理者等の資格を有して化学物質管理の実務を担っていること、実践としては、化学物質リスクアセスメントのWebシステムを構築して業務を行っており、個人曝露評価を含む詳細な定量的評価は健康管理室が担当していることを紹介した。また、専属の衛生管理者のうち、大学の産業衛生に関する学科を卒業して入社する者は、入社後に、現場でトレーニングを行いつつ衛生工学衛生管理者等の資格を取得することによって、5年程度で化学物質管理の業務を自立して行えるようになると述べた。こうしたことから、今後の課題として、化学物質管理者はしっかりした知識と専門性を有していることが必要であり、社内に人材を置く場合には、職位も高めた上で、リスクアセスメントを中心的に進められる位置づけにすることが欠かせないこと、それが困難な場合には、企業外の労働衛生機関や作業環境測定機関に業務全体を委託できるような仕組みが必要であることを示した。
 ここまでの発表を受けて、参加者による討議が行われた。主な意見を挙げる。
・中小企業も含めた企業規模に応じた化学物質管理者の像を高める必要がある。第1種衛生管理者の保有者が第2種作業環境測定士を取得すると、測定のデザインやサンプリングができるようになるので化学物質リスクアセスメントの相当部分を担えるようになると考えられる。あまり大きくない規模の企業でも対応が可能であり、行政が考える化学物質管理者のイメージに近い姿が描けると考えられる。
 ⇒これについては、第1種衛生管理者として実質的な経験を積んでいることが求められる。
・自律的管理の結果をどのように評価、監督していくのか、あるいは労働者の意見をどのように聞いていくのかについては、とくに、中小企業でどのように適切に行えるかについて、十分な議論が必要である。
・最終製品のみを扱う中小企業で、定型的な作業に限定される場合には、包括的なリスクアセスメントの手法や標準的な作業方法を決め、それを遵守することで管理できるような方向性を考えている。いろいろな作業があって、多種類の化学物質を使うような場合には、外部専門家のリソースを使いながらリスクアセスメントを行っていくことが考えられる。
・日化協、化成協・日接工会員を対象として化学物質の自律的管理における人材育成のアンケート調査において、「あなたが化学物質管理者に任命された場合、外部の専門家に求めることは何ですか?どのようなサポートを期待しますか?」との質問に対し、一番多かったのは、「化学物質管理者の責務が広く、専門性が高いので、職務遂行を行えるか不安があり、化学物質管理者を遂行する上での、寄り添った教育、サポートをしてほしい」(大企業の製造部門課長等、現場の管理職)であり、また中小企業からも、自分に対する教育をしてほしいとの期待が挙げられている。また、「コストとリスク回避のトレードオフを解決する、工学的な視点での優れた曝露防止対策の提案をしてほしい」、「実現可能な曝露防止措置へのアドバイス。できるだけ設備投資額が少なく、かつ曝露を許容内に低減させる手法の具体的な提案・当社にあった的確な提案」との期待が、企業の規模によらず挙げられており、曝露防止措置に対して、ソフト/ハード的(エンジニアリング的)にアドバイスできるスキルが要求されていると考えている。
 ⇒そのようなスキルを有する技術者の育成も必要である。
・化学物質管理における産業医の役割の重要性も、あらためて明らかになった。化学物質管理のコーディネータ的な機能を果たすことが必要であり、一般健康管理を主要な機能とする役割と分けて考えることが適切である。
 ⇒嘱託産業医が業務を行うのは、中小企業や大企業の関連会社であり、こうした現場での自律的管理の実際を見ながら、産業医のレベルアップ、あるいは機能分担にも踏み込んで考えていかないとならない。
 ⇒化学物質管理まで踏み込める産業医は多くないことから、大多数の産業医の役割は、医学的な専門家に留めることが現実的には妥当と考える。
 ⇒社内での健康の専門家としての産業医への役割期待は、とくに中小企業の化学物質管理に関しても同様であるので、外部委託できるようにしておくことが、業務負担の軽減の観点からも重要である。
 ⇒大企業の産業医が関係会社の業務を担っていけるかについては、関係会社であっても別法人であり、受委託契約をきちんと締結して対応することを可能にすれば、うまく進むと考えられる。
・化学物質管理の外部委託については、企業側が機密保持を重視して進みにくいのではないか。
 ⇒もちろん自社で行うことを前提とするものの、外部のリソースが必要な事項も多く出てくると考えられ、秘密保持契約を交わせば、十分対応可能である。
・SDSの発行・交付については、化学物質管理とは分けて考えるとの観点は妥当である。
 ⇒適切なSDSを作成・交付することが自律的管理には必須であることから、この項目が化学物質管理者の職務として挙げられているが、役割分担できちんと対応できる場合には、分担することは問題ない。ただし、最終製品を製造する中・小規模の企業でリスクアセスメントが適正に行われるように、化学物質の供給側が責任を持って情報を出すことの重要性がきちんと伝わることは大事である。
・化学物質の自律的管理を担える人材(本日の議論では、作業環境測定士、労働衛生コンサルタント、産業医等)については、リスト化、グループ化を図りつつ、その輪が拡がっていくような方策が考えられる。
 ⇒中・小規模の企業への支援としては、産業保健総合支援センター(産保センター)や地域産業保健センター、労働基準協会を重要なリソースと考えておくべきである。産保センターでは、化学物質管理の相談対応可能な人員の充実も必要である。
・専門人材の推定される必要数と現状の規模感について、どのように把握されているか。
 ⇒登録数(概数)としては、衛生工学衛生管理者17000、労働衛生コンサルタント(労働衛生工学)700(コンサルタント会調べで、実務を行っている数は240)、作業環境測定士35000、OH50。
 ⇒ハイジニストは、諸外国と同等とすると500~1000人程度は必要と推定されるが、 日本はOHと労働衛生工学の労働衛生コンサルタントあわせて100名程度。OHは、国際認証を取得したり、あり方検討会で注目されたこともあり、受講者数が増えつつある。
 ⇒作業環境測定士は、アクティブに活動している数が3000~4000人規模。測定だけではなく、自律的化学物質管理の専門家としての意識改革を図り、サブジェクトごとに名簿化する方向である。
 ⇒大学の学科において専門人材を育成していくことは、ニーズも高く、重要であるが、現状は地域的にも限定されていることから、教育を受けることができる地域を拡げていく必要がある。

 最後に、2回にわたるラウンドテーブルディスカッションでの議論のまとめとして、以下の通り、自律的化学物質管理を担う人材像が提示され、確認された。

  1. 化学物質管理の責任者は、曝露のコントロールと化学物質管理に起因する健康影響を結びつけることができることが求められる。
  2. 化学物質管理者には高い専門性が求められ、化学物質管理経験の不十分な衛生管理者が兼務するのでは業務遂行が困難である。そのため、管理の進め方については、企業の状況に応じ、外部委託を含めたさまざまなモデルが許容されるべきである。
  3. 化学物質管理を担う人材は、企業内・外を問わず、常に最新の知識を有することが求められる。従って、期間を定めた更新制が適当であり、また大学教育からの人材供給も必要である。

以上

報告作成:武林亨(副理事長)

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