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私のキャリアプラン

品田 佳世子

品田佳世子

品田 佳世子
東京医科歯科大学大学院 
医歯学総合研究科 口腔疾患予防学分野

略歴

 東京医科歯科大学歯学部歯学科を卒業し、歯科医師免許を取得しました。卒業後、同大学院歯学研究科へ入学、修了し、歯学博士を取得しました。翌年、同大学歯学部附属病院予防歯科の医員に、1995年には予防歯科学講座の助手、2000年に同大学院健康推進歯学分野助手、講師、2010年准教授となり、その年にオーストラリア・シドニー大学で研究員となりました。同年に歯学部口腔保健学科口腔疾患予防学分野の教授、2012年に大学院口腔疾患予防学分野教授となり、現在に至っています。

資格

 現在(2023年1月)、日本産業衛生学会代議員・関東地方会幹事、産業歯科保健部会副部会長・幹事で、日本口腔衛生学会専門医・指導医です。

現在のお仕事について教えて下さい(業務内容や日々のお仕事中の様子など)。

 口腔保健学科口腔保健衛生学専攻(歯科衛生士養成)において、学部学生の公衆衛生学、食生活教育、口腔疾患予防学、社会調査の基礎等の授業と卒業研究指導、病院における臨床実習指導に加えて、口腔保健学科の教育委員長として、学生の教育上の種々の問題について検討しています。また、口腔疾患予防学分野長として分野の教員および大学院生の研究指導、研究も実施しており、他分野の大学院生の研究支援や学位審査も行っています。
 現在(2023年1月)は、産業衛生学会関東地方会第299回例会(2023年2月4日)担当幹事として開催準備を行っています。

学生時代についての思い出(例:所属サークル)や当時考えていた将来の方向性について教えて下さい。

 歯学科の大学生時代の部活はバドミントン部でした。大学に入って初めて運動部に入り、1年生の夏合宿は暑い上に練習がきつくて途中で合宿所から逃げ出してしまい、とんでもない新人でした。しかし、6年生まで続けて、当時の先輩とは未だに交流があります。もう一つ、今の私の起点になったのは、2年生の夏に障害児の夏合宿のボランティアに参加した事です。その中心は大学自治会で、その後、自治会に入りました。医学部生や他大学の医学部、歯学部の自治会の方々のいろいろな意見を聞き、ノンポリだった私も少し、社会や政治のことを考えるようになりました。

産業衛生の道を志した時期(年齢・年代)やきっかけについて教えて下さい。

 大学5年生の時、三宅島で唯一の歯科診療所の先輩を訪問し、夜は島の漁師の人たちとお酒を飲みながら話を聞き、昼は他大学自治会の仲間とバイクで島の人の家を廻って訪問アンケートを行いました。初めて一般の人たちに本音を直接聞く貴重な体験でした。その先輩が予防歯科の大学院生として戻ってきたことで、私も予防歯科の大学院へ行きたいと考えました。当時の教授に話に行った際に「女はもういらない」と言われ、ショックを受けました。予防歯科には女性の教員が多かったことからでしょうが、学生時代には女性差別を受けたことがなかったので悔しかったです。それを先輩や他の先生方に話したところ、しかたなく?入れてもらえました。

新人時代の思い出について教えて下さい。

 予防歯科の大学院では、岩手県平泉や都内、近県の幼稚園・保育園、小中学校の歯科保健活動、また、保健所や保健センターの乳幼児・母子歯科健診の際には、歯科衛生士の方々との親交を得たことが現在につながっています。学位の研究テーマは「レーザーのう蝕予防効果」で、ラットの歯にレーザーとフッ化物を塗布し、砂糖の多いエサで飼育し、むし歯を評価し、データを得る日々でした。心の疲れを感じ、支えてもらったのが現在の夫です。2年で結婚し、3年で長男出産、動物実験データ取得済でしたので、子供を保育園に預け、4年で論文発表し、大学院を修了しました。1年間専業主婦で長女を出産後、大学へ戻りたく、当時の教授にお願いしました。

人生における転機やキャリアプランに関わる大きな出来事がありましたら教えて下さい。

 大学へは予防歯科の医員として戻り、子供2人を保育園に預け、夫と両両親に助けられながら続けていました。子育てと医員の仕事、研究と目まぐるしい日々の中、大学を辞めたくない思いで、必死でした。5年目に東京医科歯科大学歯学部の助手になり、その後、大学院大学の助教として女性の教授のもとで多くの大学院生や留学生を受け入れ、修了した大学院生は各国や各地で活躍しています。
 産業保健のきっかけは、教授から、某企業で歯科治療から予防中心の歯科保健事業を行いたいとのことで私を紹介していただき、週に1日、某企業で歯科保健事業を行いました。

転機を越えた後の新たなキャリアにおける思い出を教えて下さい。

 最初、企業における理想的な産業歯科保健を行っていこうと突っ走っていたと思います。歯科衛生士や企業の衛生関係員、産業医や産業保健職の方々のサポートを得て、全社員の歯科健診を予約制で15~30分かけて、検診、口腔清掃指導や生活習慣指導、必要に応じ歯石除去も行っていました。各社員には口腔内の状態、う蝕や歯周病の部分を手書きや口腔内写真を添付し、予防方法や口腔内の清掃方法のポイントを記載して返却していました。会社でも評価してもらい、5年間ほど継続し、歯科に関する情報提供もさせていただきました。しかし、企業の移転や経済状況が変化し、歯科の事業を継続することが難しくなりました。

本学会との関わりやメリットについて教えて下さい。

 某企業での歯科保健事業を開始した時から、産業衛生学会に入会し、当時はまだ産業歯科保健部会はなかったのですが、多くの産業歯科保健を推進していこうとの志を持った方々と部会を設立しました。また、当時から関東地方会の地方会長や幹事の先生方が歯科に関して支援してくださいました。某企業の事業が終わった後も、地方会の幹事や産業歯科保健部会の方々と一緒に総会、全国協議会や研修会を行ってきました。まだまだ活動は十分ではないのですが、関東から全国に広がり、全国の地方会で産業歯科保健部会が設立されたことで、さらなる展開の兆しを感じています。

これから産業衛生の道を志す方々に向けて、メッセージをお願いします。

 職域は健康を維持増進していくための重要なライフステージです。多くの生活習慣病と同じように、この時期にむし歯(う蝕)や歯周病などは進行します。歯科保健に関しては法律や制度が十分でないと感じています。今後、歯科保健が推進されるには法的な整備が必要であると思います。そのためには厚生労働省等への働きかけや医師、保健師、企業側等の理解、職域の重要性を歯科医師や歯科衛生士がもっと意識高く携わっていくことが必要だと思っています。この分野における本当に効果的なエビデンスを示すこと、学会発表や論文をもっと発表していかなくてはならないことを、自省を込めて、産業衛生の道を志す方々にお願いしたいと思います。

 

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