1. 前文
この倫理綱領は、日本産業衛生学会がわが国の現状と国際水準の検討結果に基づいて産業保健専門職の専門的職務に関する倫理上の行動規範を定めたものである。産業保健専門職はこの倫理綱領を参考に、品位を保持し、公正かつ高度の専門性をもって職務の推進に努める。
- 産業保健専門職とは、事業者が主導し働く人(労働契約を締結する労働者にとどまらない)が参加して進める産業保健活動を、専門職として支援し、必要な職務を行うすべての人々である。産業保健専門職は、職務を遂行する上で専門職として独立性を保たなければならず、職務に必要な能力を修得および維持するとともに、職業倫理に従って職務を遂行することが要求される。
- 産業保健専門職の職務の目的は、個人および組織を対象として働く人の健康の保持と増進、安全で健康的な労働環境を確立し、維持すること、および健康状態を考慮して働く人の能力に仕事を適応させることである。すべての働く人を産業保健の対象とする必要がある 。
- 産業保健専門職の職務は、働く人の生命の保護および健康の保持増進、人間の尊厳と人権の尊重、事業場の産業保健の方針と活動計画における倫理原則の推進を含む。産業衛生には幅広い分野が関係するため、多職種がそれぞれの職能を尊重し、連携して取り組むことが必要である。
2. 助言と予防措置
産業保健専門職は、働く人の健康と安全を守るための予防措置が、その優先度に従い迅速に実施されるように事業者に対して助言する。その措置は事業場の現状を考慮し、実現可能で実効あるものにする。実施された予防措置の有効性を評価し、必要に応じて改善提案を行う。また、事業場内の危険有害要因と必要な対策に関する情報を、事業者・働く人に理解できる形で、公正に提供する。これらの業務の遂行においては、自らの健康状態に留意し、安全衛生上のルールを守り、職場の模範となるよう心がける。
3. 産業保健専門職の立場
産業保健専門職はその職務の遂行にあたって、以下の立場で臨む。
- 専門職であることと所属組織の一員であることを両立させる心構えを持つ。
- 科学的判断に基づき専門職として独立的な立場で誠実に職務を遂行する。
- 事業者・働く人が主体的に産業保健職務を行うよう支援する。
- 働く人の健康情報を管理し、プライバシーを保護する。
- 働く人個人を対象とすると同時に、集団の健康および組織体の健全な運営の推進を考慮し、総合的な健康を追求する。
- 産業保健上のリスクおよびその予防法について有用な知見は、事業者・働く人に通知するとともに関連学会等に報告して、広く産業保健活動の発展に寄与する。
- 関連分野の専門家に助言を求める姿勢を持つ。
- 環境保健および地域保健など公衆衛生全般に対する役割を果たす。
4. 専門的能力とその維持向上
産業保健専門職は、職場訪問や情報通信技術を用いた遠隔での手段などを通じて、労働の実態に精通し、最新の科学的知見に基づいて労働条件と労働環境の客観的な評価を行い、その改善にあたって優先すべき課題を明らかにする。これらにより事業者・働く人が進める産業保健活動を、専門的立場から支援する。産業保健専門職は、その責任を自覚し、常に専門能力の向上に努める。また、他の専門職と協力しつつ、自らの専門的能力の限界をわきまえ、他の専門職と協力して職務に当たることが望ましい。
5. 情報の管理と活用
産業保健専門職は、責任をもって働く人の健康情報等を適切に管理し、そのプライバシー保護にあたる。働く人の安全と健康を守るために健康情報を事業者に開示する必要がある場合には、働く人の承諾を前提とし、その範囲は職務適性の有無や労働に際して具体的に配慮すべき事項にとどめることを基本とする。産業保健専門職は、職務上知りえた企業秘密を漏らしてはならない。ただし、働く人あるいは地域住民の安全と健康を守るために情報開示が不可欠な場合は、安全と健康を守る立場を優先する。
6. 学術活動
産業保健専門職は、産業保健上の危険と関わる新たな予防方法、新たな健康管理または健康増進の方法について学会などで公的に報告する。研究に携わる産業保健専門職は、妥当な科学的根拠に基づいて職務を計画および実行し、研究活動および医学研究に付随する倫理原則に従わなければならない。
7. 健康保持増進活動への関わり
産業保健専門職は、事業者・働く人が行う健康保持増進活動と快適職場づくりの推進を積極的に支援し、適切なプログラムを提供する。働く人の個人健康情報の機密性を保護する必要がある。また、産業保健活動の主軸は、労働条件と労働環境に関連する働く人の健康障害の予防活動、職場の産業保健リスクそのものの軽減にあることを十分考慮して、職務が健康保持増進活動に偏らないように注意すべきである。
8. 地域保健・環境保健との調和
産業保健専門職は、地域保健と環境保健に関連した役割を認識しなければならない。地域保健との連携により働く人の生涯を通じた健康保持増進を目指すとともに、必要に応じて、企業内の事業活動から生じる、または結果として生じる可能性のある環境性危険有害要因の特定、評価、および防止に関する助言を行う。また、地球規模の環境変動による健康への影響にも留意して活動するべきである
9. 多様性、公正性、包摂性の尊重
産業保健専門職は、産業保健活動に関わる人々と信頼と公正に基づく関係を構築しなければならない。すべての働く人は、年齢、性別(ジェンダー)、社会的地位、民族的背景(人種)、政治的・イデオロギー的または宗教的意見、健康状態、または産業保健の相談につながった理由に関して、いかなる形の差別もなく、公正に取り扱われなければならない。これらを通して、多様な働く人が快適に働くことができる職場環境づくりを支援する。
改定履歴
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産業保健専門職の倫理綱領の見直しワーキングチーム 構成員森口次郎(業務執行理事、ワーキングチーム・リーダー)、西澤依小(産業医部会)、千葉敦子(産業保健看護部会)、中原浩彦(産業衛生技術部会)、安田恵理子(産業歯科保健部会)、三橋祐子(学術委員会)、武林亨(副理事長) |